僕は、人を殺した。
女、子供も殺した。
そんな僕には、生きている価値なんてあるのだろうか?
「無期懲役。お前は死ぬまで牢獄の中だが、死刑よりもましだろう。せいぜい残りの生を全うするんだ」
死刑の方が良かった。
僕は死にたかった。
生きていて何が楽しい?
毎日が苦しかった。
苦しくて悔やみきれない。
自分が馬鹿らしい。
大学に遅れそうだった僕は、いつもと違う道を選んだ。
私立の有名大学。
両親は生まれたときから僕にほとんど興味をなさず、僕が小学校に上がると同時に、両親による教育は終わりを告げた。
金は随時僕の口座に振り込まれる仕組み。
現在、衣食住は全て僕が済ませている。
僕は、両親が嫌いだ。
いや、この現実が嫌いだった。
いつもと違う道。
そこは風俗店が並び、撲には興味のない、肌を極端に露出した若い女が店の前で立っている。
いわゆる看板娘というやつなのか。
僕は勉強しなくても何でもこなせてしまう、客観的に見れば嫌な人間。
大学には、一人も友人なんていなかった。
私立の大学には、あまり良い性格の人がいないのも確かであるが、恐らく僕の人に対する冷たさが原因だと思う。
僕がぼんやり歩いていると肩をぽんと叩かれた。
やたらとスカートの丈が短い女子高生である。
髪は金色に染めて、耳にピアスをし、濃い化粧を施している。
「お兄さん、私とどう?」
金目当てなのはすぐに見当がつく。
短いスカートの端を指でつまみ、軽くめくり上げる。
見えるか見えないかのところ。
僕は興味がないと言わんばかりに、首を振る。
女子高生は「ケチ」と言葉を吐き捨てて、僕から離れていった。
援助交際なんてやるものじゃない。
離れていく女子高生の背中に呟きかける。
誰にも聞こえないくらいの声で。
僕は時計を見る。
また、やってしまった。
頭に右手を被せる。
大学の授業は始まってしまっている。
もう間に合わない。
僕は誰に電話をするでもなく、携帯を取り出した。
そして、電話帳を開く。
0件。
両親の電話番号すらもない。
俺は冷めきった笑みを浮かべた。
と、そこで事件が起きた。
僕の冷めきった人生を一変する事件が。
僕は冷たいコンクリートの壁にもたれていた。
牢獄の窓から、漏れる日の光が、今が朝か昼かを教えてくれた。
窓といっても、牢獄らしい窓である。
そこからの脱獄は不可能である。
足音がする。
ここは無期懲役になった者が収容される、特別な牢獄。
外にも出れない、他とは違う施設である。
無期懲役になる人は珍しい、と聞く。
足音が近づく。
その足音が、僕の牢獄の前で鳴り止んだ。
「ここだ!入れ」
扉が開けられる。
無理矢理押し込まれた人は女性だった。
僕がいる牢獄に僕以外誰もいないというのは他から見れば、珍しい事だと思う。
他の牢獄がいくつあるのかは数えた事がないので分からないが、十はあるのだろう。
毎晩、男のせせら笑いや女の荒い息遣いが耳に入る。
ここには牢獄の管理人はいない。
監視カメラもない。
だから、同じ牢獄内にいる人達は好きな事が出来る。多くは性交だろう。
だが、牢獄の一つに、この目で見たことはないが、殺す事だけに快楽を持つ男がいるのは確かだ。
この牢獄に収容される日、断末魔のような叫びが耳に入ってきたのだ。
「や゛めるぉおあああああああああああああああ……」
水を地面に打ちつけたかのような音が施設内に響き渡る。
肉の引き千切られる音が、骨を折られる乾いた音が、奥から聞こえてくる。
「あ゛ぎゃぁああああああああああああああああ……」
耳が壊れそうな大声がしたかと思うと、だんだんと声は薄れていく。
そして、聞こえるのは荒い咀嚼音と、しわがれた笑い声。
もう何も感じなかった。
恐れもなく、怖さもない。
直で見ていないので、確証はない。
我に戻ると、目の前には俯いた女性。
重い鉄製の扉が閉まる。
「仲良くするんだな」
管理人のせせら笑いが聞こえる。
彼の心中を察したが、別にどうも思わなかった。
ただ壁にもたれて、その冷たさを感じて、その一日の終わりを待っていた。
女性は僕の方をじっと見つめていた。
その視線に僕は気づいていたが、敢えて無視を続ける。
「あんた、何をした?」
そう、彼女は切り出した。
僕は彼女に目を向ける。
その目と目が合う。
「どうして?」
彼女は無表情で、
「人を殺せる人に見えない」
と言った。
世間からはそう見られているのか。
そう心の中で呟く。
「女子供も撃った。だから、ここにいる」
「そうなんだ。人は見かけによらないんだ」
彼女は、鉄骨が露になっている天井を見上げながら、そう言った。
僕はぼんやり窓の外を眺めていた。
雲がゆっくりと流れていく。
ふと思いついた事を口にした。
「あんたは?」
「私も、似たような事をしたの」
彼女をちらりと一瞥した。
当時の事を思い出しているのか顔色が優れない。
「名前は?」
彼女の顔がゆっくりと僕の方を向く。
「沢村 知奈」
「僕は、金井 孝」
間髪を入れずに、名前を言った。
聞き流さず、頭の中の電話帳に彼女の名前を書き込む。
「沢村さ、」
「知奈で良いよ」
彼女も間髪を入れずに答える。
「知奈、『ともな』って漢字でどう書くんだ?」
「『知る』の『知』で『とも』、『な』は『奈良県』の『奈』で、知奈って書く。何で?」
瞬時に、頭の中で変換を行い、登録をする。
「気になっただけだよ」
頭の中の電話帳は1件となった。
「金井君は、」
「孝でいい。『親孝行』の真ん中の『孝』で『たかし』」
「そうなんだ」
沈黙。
話が続かない。
それでも、構わない。
ここは牢獄。
話が続かなくなるのも、仕方がない事。
「どこで銃を手に入れた?」
「銃?」
「さっき、『撃った』って言ってたじゃないか」
「あぁ、確かに言ったな。銃は、」
「や、や゛めろっで…」
耳に引っ掛かるような、妙な男の潰れた大声が背後でした。
背中を見せていた女子高生が振り向いた。
両目を大きく見開いて、そのまま、尻餅をついた。
僕の方へ指をさして、そして四方八方から悲鳴が上がった。
皆、僕の方を見て…いや、違う。
僕の背後を見て、一目散に逃げる人もいれば、血相を変えて僕の方へ向かってくる人もいる。
僕の背後に何がある?
男の悲鳴のような声が耳の中でこだましている。
おそるおそる、肩をすくめながら顔を後ろに向ける。
「なっ…」
そこには目を疑う光景が広がっていた。
男が女に噛みつかれている。
噛みつかれた首から血を噴き出しながら、男は「だずげでぐれ゛ぇ…」と弱々しく声をもらす。
女の口は大きく開き、口の端が横に裂けてしまって、そこから黒い血が流れている。
いや、まず驚くべきは、その女の身体から赤い何らかの臓器が垂れ、頭も変な形に変形して眼球が飛び出しているにも関わらず、立っているという事だ。
人間とは思えない。
映画の世界における、何らかの霊体なのか、生ける屍のゾンビか何なのか、頭の中を駆けめぐる。
男の身体から力が抜けて、だらりと頭が垂れる。
女はそのまま男の首筋を噛み千切ると、その肉を飲み込んだ。
「押さえつけろ!」
腕っぷしのありそうな男達が女に向かって襲い掛かる。
女は一番近くの男の首筋に突っ込んでいく。
「あ゛がっ…」
先にクリーンヒットされたのは男の方だ。
首筋に食い込む女の歯。
血が噴き出る。
男は痛みを堪えるように歯を噛み締め、拳を女の頭に殴りつける。
「ぎゃっ…」
女が地面に叩きつけられる。
そして他の男達がその狂った女を縛り上げていく。
その一部始終を僕は見ていた。
女の口から垂れ流れる黒い血が地面に広がっていく。
だが、再び悲鳴が。
「いやゃあ゛ぁあああああああああああ」
あの女子高生の悲鳴。
振り向けば、彼女も別の男に。
喰われていた。
その男は血で真っ赤に染まっていたが、服装から警察官だという事が理解できる。
男達の悲鳴。
振り向けば、幾人かの男女に囲まれ、血塗れになっていく。
血の匂いが辺りに充満する。
僕はそうするしかなかった。
あの警察官の腰の銃を奪って、難を逃れなければ、死ぬ。
これは現実的じゃない。
現実は嫌いだ。
だが、この非現実の方が嫌いだ。
僕はそのまま警察官に向かって走った。
まだあの警察官は女子高生に夢中である。
僕には気づかないだろう。
走る速度を上げる。
冷静に、混乱してはいけない。
背後に感じる嫌な感じ。
女、子供も殺した。
そんな僕には、生きている価値なんてあるのだろうか?
「無期懲役。お前は死ぬまで牢獄の中だが、死刑よりもましだろう。せいぜい残りの生を全うするんだ」
死刑の方が良かった。
僕は死にたかった。
生きていて何が楽しい?
毎日が苦しかった。
苦しくて悔やみきれない。
自分が馬鹿らしい。
大学に遅れそうだった僕は、いつもと違う道を選んだ。
私立の有名大学。
両親は生まれたときから僕にほとんど興味をなさず、僕が小学校に上がると同時に、両親による教育は終わりを告げた。
金は随時僕の口座に振り込まれる仕組み。
現在、衣食住は全て僕が済ませている。
僕は、両親が嫌いだ。
いや、この現実が嫌いだった。
いつもと違う道。
そこは風俗店が並び、撲には興味のない、肌を極端に露出した若い女が店の前で立っている。
いわゆる看板娘というやつなのか。
僕は勉強しなくても何でもこなせてしまう、客観的に見れば嫌な人間。
大学には、一人も友人なんていなかった。
私立の大学には、あまり良い性格の人がいないのも確かであるが、恐らく僕の人に対する冷たさが原因だと思う。
僕がぼんやり歩いていると肩をぽんと叩かれた。
やたらとスカートの丈が短い女子高生である。
髪は金色に染めて、耳にピアスをし、濃い化粧を施している。
「お兄さん、私とどう?」
金目当てなのはすぐに見当がつく。
短いスカートの端を指でつまみ、軽くめくり上げる。
見えるか見えないかのところ。
僕は興味がないと言わんばかりに、首を振る。
女子高生は「ケチ」と言葉を吐き捨てて、僕から離れていった。
援助交際なんてやるものじゃない。
離れていく女子高生の背中に呟きかける。
誰にも聞こえないくらいの声で。
僕は時計を見る。
また、やってしまった。
頭に右手を被せる。
大学の授業は始まってしまっている。
もう間に合わない。
僕は誰に電話をするでもなく、携帯を取り出した。
そして、電話帳を開く。
0件。
両親の電話番号すらもない。
俺は冷めきった笑みを浮かべた。
と、そこで事件が起きた。
僕の冷めきった人生を一変する事件が。
僕は冷たいコンクリートの壁にもたれていた。
牢獄の窓から、漏れる日の光が、今が朝か昼かを教えてくれた。
窓といっても、牢獄らしい窓である。
そこからの脱獄は不可能である。
足音がする。
ここは無期懲役になった者が収容される、特別な牢獄。
外にも出れない、他とは違う施設である。
無期懲役になる人は珍しい、と聞く。
足音が近づく。
その足音が、僕の牢獄の前で鳴り止んだ。
「ここだ!入れ」
扉が開けられる。
無理矢理押し込まれた人は女性だった。
僕がいる牢獄に僕以外誰もいないというのは他から見れば、珍しい事だと思う。
他の牢獄がいくつあるのかは数えた事がないので分からないが、十はあるのだろう。
毎晩、男のせせら笑いや女の荒い息遣いが耳に入る。
ここには牢獄の管理人はいない。
監視カメラもない。
だから、同じ牢獄内にいる人達は好きな事が出来る。多くは性交だろう。
だが、牢獄の一つに、この目で見たことはないが、殺す事だけに快楽を持つ男がいるのは確かだ。
この牢獄に収容される日、断末魔のような叫びが耳に入ってきたのだ。
「や゛めるぉおあああああああああああああああ……」
水を地面に打ちつけたかのような音が施設内に響き渡る。
肉の引き千切られる音が、骨を折られる乾いた音が、奥から聞こえてくる。
「あ゛ぎゃぁああああああああああああああああ……」
耳が壊れそうな大声がしたかと思うと、だんだんと声は薄れていく。
そして、聞こえるのは荒い咀嚼音と、しわがれた笑い声。
もう何も感じなかった。
恐れもなく、怖さもない。
直で見ていないので、確証はない。
我に戻ると、目の前には俯いた女性。
重い鉄製の扉が閉まる。
「仲良くするんだな」
管理人のせせら笑いが聞こえる。
彼の心中を察したが、別にどうも思わなかった。
ただ壁にもたれて、その冷たさを感じて、その一日の終わりを待っていた。
女性は僕の方をじっと見つめていた。
その視線に僕は気づいていたが、敢えて無視を続ける。
「あんた、何をした?」
そう、彼女は切り出した。
僕は彼女に目を向ける。
その目と目が合う。
「どうして?」
彼女は無表情で、
「人を殺せる人に見えない」
と言った。
世間からはそう見られているのか。
そう心の中で呟く。
「女子供も撃った。だから、ここにいる」
「そうなんだ。人は見かけによらないんだ」
彼女は、鉄骨が露になっている天井を見上げながら、そう言った。
僕はぼんやり窓の外を眺めていた。
雲がゆっくりと流れていく。
ふと思いついた事を口にした。
「あんたは?」
「私も、似たような事をしたの」
彼女をちらりと一瞥した。
当時の事を思い出しているのか顔色が優れない。
「名前は?」
彼女の顔がゆっくりと僕の方を向く。
「沢村 知奈」
「僕は、金井 孝」
間髪を入れずに、名前を言った。
聞き流さず、頭の中の電話帳に彼女の名前を書き込む。
「沢村さ、」
「知奈で良いよ」
彼女も間髪を入れずに答える。
「知奈、『ともな』って漢字でどう書くんだ?」
「『知る』の『知』で『とも』、『な』は『奈良県』の『奈』で、知奈って書く。何で?」
瞬時に、頭の中で変換を行い、登録をする。
「気になっただけだよ」
頭の中の電話帳は1件となった。
「金井君は、」
「孝でいい。『親孝行』の真ん中の『孝』で『たかし』」
「そうなんだ」
沈黙。
話が続かない。
それでも、構わない。
ここは牢獄。
話が続かなくなるのも、仕方がない事。
「どこで銃を手に入れた?」
「銃?」
「さっき、『撃った』って言ってたじゃないか」
「あぁ、確かに言ったな。銃は、」
「や、や゛めろっで…」
耳に引っ掛かるような、妙な男の潰れた大声が背後でした。
背中を見せていた女子高生が振り向いた。
両目を大きく見開いて、そのまま、尻餅をついた。
僕の方へ指をさして、そして四方八方から悲鳴が上がった。
皆、僕の方を見て…いや、違う。
僕の背後を見て、一目散に逃げる人もいれば、血相を変えて僕の方へ向かってくる人もいる。
僕の背後に何がある?
男の悲鳴のような声が耳の中でこだましている。
おそるおそる、肩をすくめながら顔を後ろに向ける。
「なっ…」
そこには目を疑う光景が広がっていた。
男が女に噛みつかれている。
噛みつかれた首から血を噴き出しながら、男は「だずげでぐれ゛ぇ…」と弱々しく声をもらす。
女の口は大きく開き、口の端が横に裂けてしまって、そこから黒い血が流れている。
いや、まず驚くべきは、その女の身体から赤い何らかの臓器が垂れ、頭も変な形に変形して眼球が飛び出しているにも関わらず、立っているという事だ。
人間とは思えない。
映画の世界における、何らかの霊体なのか、生ける屍のゾンビか何なのか、頭の中を駆けめぐる。
男の身体から力が抜けて、だらりと頭が垂れる。
女はそのまま男の首筋を噛み千切ると、その肉を飲み込んだ。
「押さえつけろ!」
腕っぷしのありそうな男達が女に向かって襲い掛かる。
女は一番近くの男の首筋に突っ込んでいく。
「あ゛がっ…」
先にクリーンヒットされたのは男の方だ。
首筋に食い込む女の歯。
血が噴き出る。
男は痛みを堪えるように歯を噛み締め、拳を女の頭に殴りつける。
「ぎゃっ…」
女が地面に叩きつけられる。
そして他の男達がその狂った女を縛り上げていく。
その一部始終を僕は見ていた。
女の口から垂れ流れる黒い血が地面に広がっていく。
だが、再び悲鳴が。
「いやゃあ゛ぁあああああああああああ」
あの女子高生の悲鳴。
振り向けば、彼女も別の男に。
喰われていた。
その男は血で真っ赤に染まっていたが、服装から警察官だという事が理解できる。
男達の悲鳴。
振り向けば、幾人かの男女に囲まれ、血塗れになっていく。
血の匂いが辺りに充満する。
僕はそうするしかなかった。
あの警察官の腰の銃を奪って、難を逃れなければ、死ぬ。
これは現実的じゃない。
現実は嫌いだ。
だが、この非現実の方が嫌いだ。
僕はそのまま警察官に向かって走った。
まだあの警察官は女子高生に夢中である。
僕には気づかないだろう。
走る速度を上げる。
冷静に、混乱してはいけない。
背後に感じる嫌な感じ。
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